前回は「近視研究の最前線」として、日本人における小児期から高齢に至るまでの屈折値の経時的変化に関する研究をご紹介し、我々日本人は、どの年齢で近視が進行しやすいのかを明らかにしました。
これによると、「5歳以降に近視が急速に進行し、6歳からの5年間で-2.0Dを超える近視化が認められ、8歳からの5年間で近視が最も進行していた」ことが認められ、近視進行抑制効果を期待できるオルソケラトロジー治療の開始時期について、私の見解をお伝えしました。
「近視研究の最前線 vol.2」となる今回は、近視進行抑制に関する研究をクローズアップしていこうと思います。
オルソケラトロジー治療に興味があり、このサイトをご覧頂いている方は、近視進行抑制についても関心があるのではないでしょうか。
そんな近視進行抑制に関する研究をご紹介していきます。
近視進行抑制効果があるものとは
このサイトでは、過去にも近視進行抑制について記事を書いております。
この記事のなかで、近視進行抑制効果があるものとして、オルソケラトロジー、低濃度アトロピン点眼、オルソケラトロジー+低濃度アトロピン点眼併用療法、バイオレットライト、20-20-20ルールをご紹介しました。
今回は、バイオレットライトにおける近視進行抑制について、詳しく解説していきます。
バイオレットライトの話を理解するために、まずは人間の目が色を認識する仕組みについておさらいしていきましょう。
可視光線とは
科学の授業を思い出してみてください。
人間は、光のうち特定の波長を色として認識しています。
光のスペクトルは赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の順に並んでいます。
光の中で、最も波長の長い部分(長波長領域)は赤く見え、短い部分(短波長領域)は紫に見えます。
光のうち、人間が色として認識できる光を可視光線と呼びます。
光の単位はナノメートル(nm)になりますが、可視光線は、およそ380nm-780nmの領域とされています。
光のスペクトルから考えると、人間は380nmの光を紫として認識し、780nm付近の光を赤として認識します。
この可視光線領域より、波長が長い光は赤外線です。
文字通り、長波長光である「赤色の外の光線」です。
赤外線カメラや、赤外線ヒーターなどが売られていますよね。
反対に、可視光線領域より波長が短い光が紫外線です。
短波長光である「紫色の外の光線」です。
紫外線は日焼け止めなどで良く目にするワードですね。
この領域の光は、可視光線から逸脱していますので、人間の目には見えません。
ちなみに蛇の1種は、赤外線を感じるセンサーを持ち獲物を捕らえる際に使っており、魚類、鳥類、爬虫類、昆虫などは紫外線を色として認識しています。
バイオレットライトとは
可視光線についてご理解頂けたところで本題に入ります。
バイオレットライトとは、360nm-400nmの短波長光のことを指し、太陽光に多く含まれています。
実は、このバイオレットライトが近視進行抑制に効果があるだろうという研究は以前より行われていました。
太陽光のもと、屋外遊びすることが近視進行抑制に繋がることが分かっていました。
しかしながら、まだ詳しいメカニズムは解明されておらず、「どうやら効果はありそうだ」という見解でしたが、昨今の研究により、バイオレットライトが近視進行抑制に効果を発揮するメカニズムの解明に至りました。
バイオレットライトは「非視覚光受容体OPN5」を介して近視進行抑制する
慶応義塾大学の国際共同研究において、「網膜神経節細胞に発現する非視覚型光受容体OPN5(ニューロプシン)が短波長可視光領域の光を受容することにより近視進行を抑制する」ことを解明、全世界に向けて発表を行いました。(1)
この研究では、マウスを用いた実験を行い、「バイオレットライトが、網膜神経節細胞に発現する光受容体OPN5(網膜局所の概日リズムや眼内の血管発生、深部体温の調節などに関与)で受光されることにより、脈絡膜厚を維持することで近視進行を抑制する」ことを解明しています。(1)
こう聞いても、眼科関係者以外の方は理解しにくいと思いますので、解説していきます。
まずは、このような類の研究では、人間の目を用いて実験することができませんので、マウスやヒヨコ、サルなどの目を用いて研究を行うことが一般的です。
この研究では、マウスの目を用いて実験を行っています。
網膜神経節細胞とは、フィルムにあたる網膜の内層に存在する細胞の名称です。
網膜神経節細胞は、視覚の伝達に重要な役割を担う細胞ですが、それだけではなく、OPN5(ニューロプシン)という光受容体が存在することが過去の研究で判明しています。
OPN5は、視覚に関与せず、網膜局所の概日リズムや眼内の血管発生、深部体温の調節などに関与していることが分かっています。
この研究では、網膜神経節細胞にOPN5を有するマウスと、網膜神経節細胞から特異的にOPN5遺伝子を欠損させた遺伝子改変動物(OPN5ノックアウトマウス)に対し、同条件にてバイオレットライトを照射したところ、前者では眼軸長伸長抑制(近視進行抑制効果)を認め、後者では眼軸長伸展抑制が失われることが判明しました。
また、網膜の外側には脈絡膜(血流が豊富)という組織がありますが、近視が強い方ほど脈絡膜が菲薄化する傾向にあります。
研究では、OPN5 によるバイオレットライトの刺激が脈絡膜厚を制御することを示しています。
屋外遊びの重要性
太陽光に含まれるバイオレットライト。
近視進行抑制効果の詳しい作用機序が解明されつつあることで、今後、ますます話題にあがるトピックスになるでしょう。
TVでも特集されたようです。
では、どれくらい屋外遊びをすると良いのでしょうか。
研究者により意見が分かれますが、多くは1日2時間程度の屋外遊びを推奨しています。
1日2時間と聞いて、多いように思うかもしれませんが、通学の時間や体育の時間なども含めると、達成可能な時間だと思います。
コロナ禍の昨今、屋外遊びをする機会が減っているかもしれませんが、ベランダに出るだけでも効果はあります。
直射日光を浴びる必要はありません。
それなら、室内で窓際にいたらどうなの?と疑問を持つ方もいらっしゃるでしょう。
掃き出し窓のガラスには、紫外線カット機能が付いたものが多く、バイオレットライトも遮断してしまいます。
よって、室内にいてもバイオレットライトを浴びることはできません。
車の車内でも同様です。
太陽光のもと、屋外で過ごす必要があります。
昔と違い、地球温暖化の影響で身体に有害とされる紫外線の量が増えているのも事実です。
このあたりは、バランスが重要になると思います。
近視進行抑制は、目の成長期にあたる小児の時期に行うことが重要です。
屋内でTVゲームやネット動画ばかりを見るのではなく、屋外遊びをする時間を作ってあげることが大切です。
太陽光を浴びることが近視進行抑制に繋がるうえ、屋外遊びをしている時って、おのずと遠くを見ることになりますよね。
遠くを見ることで、目のピント調節筋を休ませることもできます。
屋外遊びは、近視進行抑制の観点において、一石二鳥だと言えるでしょう。
まとめ
太陽光に含まれるバイオレットライトには、近視進行抑制効果があり、その作用機序が解明されました。
屋外遊びをすることは、積極的にバイオレットライトを浴びることに繋がります。
コロナ禍で外出自粛を強いられる昨今ですが、みなさんも時代に合わせた屋外遊びの方法を模索されてみはいかがでしょうか。
(1)姜效炎、Machelle T. Pardue、森紀和子、池田真一、鳥居秀成、Shane D’Souza、Richard A. Lang、栗原俊英、坪田一男: :Violet light suppresses lens-induced myopia via neuropsin (OPN5) in mice.Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America