近視研究の最前線 ―近視進行を抑制する新たな機能の発見―

今回のテーマは、「近視研究の最前線―近視進行を抑制する新たな機能の発見―」です。

近視人口の増加は、世界的に喫緊の課題とされており、今後もますます増えていくと予想されています。

よって、国内外のさまざま研究機関で近視に関わる研究が進んでいます。

当サイトでも、近視に関するトピックスを多数紹介しています。

 

近視研究の最前線

近視研究の最前線vol.2

 

 

近視進行を遅らせるために血管を保護することが有効!?

慶応義塾大学の研究によると、網膜色素上皮細胞から分泌される血管内皮増殖因子(VEGF)

による脈絡膜の構造維持が軸性近視(=眼軸長伸長)の進行抑制に関与することが分かったようです。(1)

近視進行抑制を考える上で、脈絡膜毛細血管板(視細胞が必要な栄養や酸素を供給する役割も担う)の維持が重要な役割を果たすことが判明しました。

フィルムにあたる網膜の外側には、脈絡膜(イラストの網膜と強膜の間のピンクの部分)という血管が豊富な組織があります。

脈絡膜は、網膜の細胞へ酸素や栄養を供給し、眼の恒常性維持にも貢献しています。

そして、この脈絡膜の菲薄化が近視発症要因の1つと考えられています。

 

ここで近視とはどのような眼の状態かおさらいしましょう。

下のイラストをご覧ください。

いわゆる「正視」の眼の場合、無限遠(遠方)から眼に入った光が、無調節状態で網膜上に焦点を結びます。

完全な「正視」の眼は極めて稀です。

 

「近視」の眼は、無限遠(遠方)から眼に入った光が、無調節状態で網膜前方に焦点を結ぶ眼です。

主に眼球が大きくなり過ぎることで生じる軸性近視が原因で、この軸性近視の人口が世界的に増えています。

 

今回、ご紹介している研究は、この軸性近視の進行抑制に関わる内容です。

軸性近視は、眼軸(眼の長さ)が大きくなっていくことで近視が進んでいきますが、網膜の外側にある脈絡膜の厚みが薄いと、眼軸が伸びやすいことが分かっていましたが、詳しいメカニズムは解明されていませんでした。

今回の研究により、網膜色素上皮細胞が分泌するVEGFが脈絡膜厚の維持に必要であることが判明し、近視進行に関わるメカニズムの一端が明らかになったと言えます。

 

どのように実験したのか

この研究では、マウスを用いて実験が行われています。

網膜色素上皮細胞のVEGF発現を特異的に低下させたマウスでは脈絡膜が菲薄化し、近視の進行を認め、反対に、VEGF発現の亢進を促した特異的マウスでは、脈絡膜の肥厚と共に眼軸長伸長が抑制されたようです。

 

また、強度近視患者に対する眼軸長伸長の検討も行っています。

強度近視眼では、成人後も眼軸長が伸び続けることが知られています。

慶應義塾大学病院眼科外来の強度近視患者による検討では、脈絡膜毛細血管板が非常に薄い強度近視患者は、脈絡膜毛細血管板が維持されている患者よりも有意に眼軸長伸長を認めたようです。

脈絡膜毛細血管板の観察は、当サイトのOCTの進化のところでもお伝えした最新のSS-OCTが貢献しています。

これにより、脈絡膜毛細血管板の欠失は成人強度近視の眼軸長伸長を促進することが分かったようです。

 

まとめ

近視人口の増加は、世界的に喫緊の課題であり、さまざまな研究が進んでいます。

近視進行の原因の1つに、脈絡膜の菲薄化が挙げられますが、詳しいメカニズムは解明されていませんでした。

今回の研究では、網膜色素上皮由来のVEGFを欠損させることで、脈絡膜が菲薄化し、眼軸長や屈折度の近視化が引き起こされることが判明しました。

脈絡膜の構造維持に関わるVEGFの適切な制御が、軸性近視の進行抑制療法の開発に繋がることが期待されます。

 

 

(1)张琰、丁憲煜、森紀和子、池田真一、正田千穂、三輪幸裕、中井郁華、陳俊翰、 馬子妍、姜效炎、鳥居秀成、久保田義顕、根岸一乃、栗原俊英、坪田一男:Vascular endothelial growth factor from retinal pigment epithelium is essential in choriocapillaris and axial length maintenance. 10.1093/pnasnexus/pgac166